アプリゲーム業界のマーケティングには特徴があります。マーケティングの基本的な概念を用いつつ、ゲームという商品の持つ特性を考慮した手法で顧客との関係を構築しています。「ホームセンターでドリルを買う客は、ドリルが欲しいのではなく、穴を開けたいだけである」というマーケティングの本質を表した言葉があります。ドリルではなく、ゲームを買う客にとっての穴にあたるものはなんでしょうか。このように顧客の要求を冷静に分析する態度がマーケティングの基本といえます。
マーケティングを考える上で押さえておくべき基本的な概念に、「ベネフィット」「差別化と強み」「セグメンテーションとターゲティング」、「4P」などがあります。「ベネフィット」とは、通常は「利益」と訳されます。顧客がある商品を購入する場合、「その商品自体を望んでいるのではなく、その商品によってどのような利益が得られるかを求めている」という考え方です。「差別化と強み」は、顧客に対してある商品を訴求するときの「自社の強み」は何かを意識して、それを前面に出すことで競合との差別化が可能になります。「セグメンテーションとターゲティング」については、前者が見込み客を属性にしたがって「分類」すること、後者は訴求対象をその分類のどれかに「絞る」ことです。「4P」とは、Product(製品)、Price(価格)、Promotion(販促)、Placement(流通)のそれぞれの頭文字をとったもので、差別化の際の切り口を示しています。アプリゲームを例にとれば、「ゲームをいくらで」「どの媒体にCMを出し」「どのようなルートで販売するのか」という問題となります。マーケティングを考えるときには、ここで述べた4つの概念はすべて関連しているという意識が重要です。
アプリゲームというのは生活必需品ではありません。日常生活でどうしても必要なものではないのです。つまり、何もしなければ需要が生まれにくい商品であるため逆にマーケティングという手法を積極的に活用しています。ここで、特徴的な手法をいくつかみてみましょう。まず「ティーザー広告」です。特にRPGの販促などで良くみられる手法です。ティーザー(teaser) には「悩ませる」という意味があり、この手法は商品の断片的な情報を少しずつ公開して顧客の興味を高めていきます。ゲームそのものの情報ではなく、まずその世界観やキャラクター設定などを宣伝し、ストーリーを公開した後で初めてゲーム自体についての情報提供が行われます。上記のベネフィットという観点からは、顧客がアプリゲームに求めるものは、単なるゲームではなくより強い「物語性」であるという分析結果を応用しているのです。ティーザー広告の最終段階では、ゲーム開発に関する情報が宣伝されることも多くなっています。というのは、開発の経緯や苦労した場面、プログラマーの作品への思い入れなど、いわば内部情報を公開することになるのです。それにより顧客は単なる客としてではなく、一緒に作品を作っていくような錯覚におちいり支持を得やすくなるという効果を狙っているといえます。
成熟期を迎えたゲームが新規ユーザーを獲得することは、一般的には難しいといわれています。例えばすでに数千万ダウンロードがあれば、それまで同様の広告手法をとっていても費用対効果は低下していくばかりです。そこで、過去にユーザーであった人たちをもう一度呼び戻すことにフォーカスする手法があります。これを「リテンションマーケティング」と呼びます。リテンション(retention)とは「維持」や「保持」という意味で、既存の顧客との関係をつなげていくことを指します。リテンションマーケティングには主に3つの手法があり、まず既存顧客向けの配信を行うこと、広告の内容を既存顧客専用にすること、ゲーム関連イベントと連動させることなどです。「限定配信」に関しては、ダウンロードした際に取得されたユーザーIDによってリテンション広告の配信先を決めます。「内容」については、例えばリテンションユーザー特典を強調した広告を配信することで、再開を促します。「イベントとの連動」は、いったんダウンロードしたゲームで遊ばなくなった理由を検証してその原因を解消する情報提供を行います。このようにアプリゲームのマーケティングには顧客を獲得し、その需要を維持するための特徴のある工夫がこらされているのです。